「夢は今も巡りて 忘れがたし ふるさと」
右手に行灯(あんどん)、左手に籠を持ち、古い歌を口ずさみながらゆっくりと歩いているうら若き日本人女性となれば、大抵の者は条件反射で服装は着物だろうと思うかもしれないが、彼女は『白地に朝顔』という定番の浴衣だった。
体感温度は夏なので、浴衣でもおかしくはない。
オカシイのは、場所と時間帯と彼女の持ち物だった。
彼女がゆったりと歩いている場所は、『シンガポール日本人墓地公園』という名の墓地公園。読んで字のごとく、『墓地』と『公園』を兼ねた不思議で珍しい場所だ。
発祥は明治24年に遡る、由緒正しき墓地で、ある時代には、敷地内にあった寺や火葬場が白蟻の餌食になり、建物は廃墟となったこともある。
雑草が生い茂った結果、近所の人が放った牛に墓碑が蹂躙されたこともあったし、別の時代には、土地自体が政府に没収されたり、望まぬ戦火で荒れ果てたりしたこともある。
ここは、紆余曲折した歴史を持つ場所なのだ。
1987年にシンガポール政府から接収令が出された時、在星――シンガポールに住んでいる、という意味――する日本人関係者の尽力によって、そこは『墓地公園』として生まれ変わることになった。
『墓地』ではなく『墓地公園』として、という条件付きで30年の借地権を認められたのだ。
そういう条件だったので、1987年以降は、シンガポールで死亡したから……と埋葬を希望しても叶わなくなったが、代々の墓守が今まで以上に保守に力を入れるようになったので、よく管理の行き届いた墓地公園として有名になり、今日に至っている。
その約9,000坪の土地には、様々な墓がある。
立派な墓標もあれば、木標が朽ちたもの、木標が朽ちてコンクリートの礎石だけになったもの、石柱の折れたもの、西洋式のもの、中国式のもの、有名人の碑、供養碑、納骨堂、地蔵……。ここは和洋中、様々な文化が交錯している独特な墓地だ。
ただでさえ墓地という一画は特殊で、不謹慎ながら昼間でもどこか「気味が悪い」と感じてしまうもの。
そんな場所に彼女は一人でやって来ていて、この一風変わった場所に馴染んでいた。
そろそろ日付も変わりそうだという真夜中の時間帯と、墓地公園という場所を除けば、浴衣姿で外を歩いている女性……は別段不思議ではないだろう。
――が、彼女は浴衣に加えて『行灯』と『籠』を手にしている。
それだけで人はぎょっとして我が目を疑うだろうが、よくよく彼女を見たらさらに魂消る事になるだろう……。
何故なら、彼女の持つ籠の中には、溢れんばかりの『卵』が入っているのだから……。
そしてなにより――。
『彼女』はまだ15歳の少女だったりする。
・2022年11月20日 初版発行
小説/文庫サイズ/352ページ/1,500円(イベント価格)/1,800円(通販価格)
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