【立ち読み】
「ドアの貼り紙! あの『あなたの願い叶えます。』から先、どうして虫食いな……んです……か?」
「別に無理して敬語使わんでえーよ。うち、東京在住歴そこそこ長いけど、敬語の文化には一向に慣れへんし、慣れる気もないねん。相手が嫌や言うたらちゃんと敬語使うけど、そうでなければ、年齢関係なく、うちはタメ口やから、あんたもそれでえーよ」
「え? あ……ありが……とう」
七七はぎごちない笑みを浮かべた。
「で、や」
「え?」
「なんで、オモテの貼り紙が『虫食い』かと言うたらな」
うんうん、と七七は好奇心たっぷりな表情で『魔女』を見ている。
「今夜が二十三日月……いわゆる、『下弦の月』やから」
「は?」
言ってる意味が解らない、と全身でそう訴えている七七に対し、『魔女』は笑顔の無言で「それ以上は教えない」という圧をかけていた。
「……」
「……」
『魔女』と七七は、真正面から互いを見ていた。
圧、気合い、気迫、根性、強い思い――など、目には見えないけれど、間違いなく伝わったり感じたりするからこそ、『気圧される』、『圧倒される』という言葉が存在しているのだろうと『魔女』は思っている。だから、初めて店にやって来た人には、それとなく会話の中でいろんな種類の『圧』をかけて対応を変えている。
どれくらい時間が過ぎただろうか。
七七はそっと『魔女』から目を逸らした。
(うちの方が精神力は強い、と)
OK!OK!と『魔女』は心の中で満足した。
ソレさえ見誤らなければ、恐れることは何もない。
「――で」
『魔女』の声に七七は視線を戻した。
「あんたはあの貼り紙を見て、『虫食い』なことがめっちゃ気になって、理由が知りたいと思っただけなん?」
「……」
なぜだかわからないけれど、七七は、この『魔女』にはストレートに本音でぶつからなければならないと強く思った。下手にはぐらかしたり、曖昧な物言いをしてしまったらその場で『魔女』との会話は終了し、見捨てられるような気がした。
それだけは何があっても避けたいと強く思う自分を訝しく思いながらも、七七はすがる思いで意を決して答えた。
「違う、わ……」
「……」
「……私が『『虫食い』よりも気になったのは……」
七七は『魔女』をまっすぐに見た。
「貼り紙の、最初の一行……」
「……」
『魔女』は微笑を浮かべながら七七を見ている。
「――『あなたの願い、叶えます。』って、なに? どういうこと? そんなこと、本当にできる……の?」
「……」
七七の心の奥底から溢れ出る思いが、自分でも驚く言葉となって出てきた。
「――『あなたの願い、叶えます。』、なんて……そんなの……普通に考えて……無理じゃない?」
「……」
『魔女』は微笑を浮かべたままで、即座に何かを言う気配はない。
(私の、願い……叶えたい願い……)
真っ先に脳裏に浮かんだのは、ソウル・メイトである彼――だった。
彼とのすれ違いを軌道修正し、前のように幸せな日々を過ごしたい。
(違う! 違う! 違う!)
七七は全力で思い浮かんだことを否定した。
(違う。私の叶えたい願いは、希望通りの職に就くこと。みんなに追いつけるよう、1日も早く内定をもらうこと。今は就職活動に全力投球! そのために、高いお金払って占ってもらってるんだから! そうよ……これだけ占ってもらってるのに、『願い』は叶っていない。それが『現実』!)
だから!
「無理だよ……大木センセイのところに通い詰めてたって、『願い』は叶ってない。そうよ……そう簡単に『願い』なんて叶うわけがない!」
「……」
「私は大木センセイ以外の占い師は知らないけど、『あなたの願い、叶えます。』って耳に心地よい謳い文句をエサに『占い依存症』にさせて、壺とか判子とか東洋っぽいのはもう古くて誰も騙されないから、ちょっとお洒落な西洋のアンティーク家具を買わせる手口……? そうか! そうよね! 西洋とかアンティークの家具とか好きな女子多いもんね! 大学生ならクレカ作れるし、リボ払いできるし、ちょっとバイト頑張れば買えないこともないし! え? なに? ここ、悪徳商法? 霊感商法? 詐欺? 宗教勧誘?」
自分で言いながら、七七は「絶対にそうだ!」と思って怖くなってきた。
一刻も早くここから逃げ出さなくちゃ!と青ざめてパニックに陥りそうになった時、『魔女』は大爆笑した。
「――え? あははははは! なんやそれ! あほくさっ! あはははは! 」
抱腹絶倒する『魔女』に、七七はたじろいだ。
「あんた、人の話、聞いてた?」
「え?」
「うちは『占い師』やないし、ここ、アンティーク家具の店ともちゃうねんて。外から室内覗いた人はみんな、一点物のアンティークの家具屋と間違えんねんけど、うちのこの格好も含めて、全部、演出や――って。さっき言うたやろ?」
「あ……うん……確かにそう聞いたわ――でも!」
「でも?」
「アンティークの家具もその格好も、『占い師』としての『演出』なんでしょ?」
「せやから、うち、『占い師』ちゃうって」
「は? 何言ってるの? その格好……その『衣装』は『占い師』だからでしょ?」
「そうとも限らへんて。あんた、ほんまアタマ固いやっちゃなー。『固定観念』って百科事典引いたらアンタでてきそうやわ」
「は……? 」
「これは単なる自己満やけどな、この格好で自分の為に占い遊びやったら雰囲気出て楽しいねんて!」
「何占いが売りなのっ?」
七七は目を輝かせて喰いついた。
その勢いに『魔女』は苦笑した。
「うちはタロット占いもどきしかでき――」
「タロット!」
七七は歓喜の大声で『魔女』の言葉を遮った。
「ねぇ! 占って! ここ、クレジット・カード使える? 今日、現金の持ち合わせあんまりなくて……」
七七は室内を見回した。
おそらく、鑑定テーブルを探しているのだろう……と『魔女』はさらに苦笑した。
「あんなぁ~」
「何?」
「アンタ、人の話、聞いてる?」
「――え?」
七七はきょとんとした。
「何度言うたらええんかな。うちな、『占い師』ちゃうねん」
「……え? 何を言っ――」
「タロット占いなら、できんこともないけど、うち、自分から「占ったるで~♪」とは口が裂けても言わんねん」
「――どうして?」
「うちが『占い師』で『タロット占い』がメインになってもーたら、オモテの貼り紙がウソになるからや」
「どういう……こと?」
「気づいてるかどうか知らんけど、ここ、看板、出してないねや」
「あ……うん、それ、気づいた。なんか店っぽい造りの建物があるけど……何屋なんだろう?と思って店の周りを見ても看板見当たらなかったから余計気になって、店に近づいてショーウインドウから室内を見たり、入口を見たら……貼り紙があって、最初の一行以外は『虫食い』でとっても気になったわ」
「オモテの貼り紙の内容が気になったり、信じた者だけが、ここの扉を開けんねや」
「え? そうなの?」
「したら、まず、出迎えたうちのこの『格好』を見るやん」
「……そうね」
「それから、話の流れ次第では、そこのテーブルに案内されて座り、テーブルに置いてあるモノを見る」
「タロット……」
七七は指さされたテーブルを見て、駆け出しそうになるのを必死でこらえた。
「傍で見てもえーで」
『魔女』に促され、七七はテーブルに駆け寄ってまず目視で確認した。
(使い込まれてる! この人、やっぱり、プロの占い師じゃない!)
渡りに舟かも!と七七は高揚した。
『魔女』もテーブルにやって来て七七に座るよう促し、自分は七七の正面に座り、慣れた手つきで箱からタロット・カードを取り出して円を描くように交ぜ始めた。
(間違いない! この人、プロだ!)
七七は瞬時に決めた。
(就職活動に関しては大木センセイにまかせ、恋愛に関してはこの人に託してみよう! そうしたら、お金の心配はあるけれど……大木センセイに角立てないで心置きなく同時進行が可能になる!)
占いをお願いするタイミングを計り始めた七七に気づいているのか気づいていないのか……『魔女』は可笑しそうに嗤った。
「『魔女』に『タロット・カード』とくれば、ココを訪れる人間にとって申し分なく信頼感が増して話がスムーズに進むんよ。大概は、あんたと違って切羽詰まってる興奮状態やねんけど、このワンツー演出でうちが主導権を握れるから話が楽になるねん。」
「……」
止まない抑えた嗤いがどこか非人間的で……この人は本物の『魔女』なのかもしれない、と、そんなことあるわけないのに七七にはそう思えてきて背筋がゾッとした。
そんな相手の表情や反応にも慣れている『魔女』は、意に介さず先に進む。
「――自分のだろうと他人のだろうと、『占い』で『願い』は叶えられん」
「……」
「『占い』はあくまで可能性を示唆しているだけの『道標』やからな」
・2022年10月23日 初版発行
小説/文庫サイズ/150ページ/1,000円(イベント価格)/1,300円(通販価格)
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