【立ち読み】
いつの頃からか、この土地では『神隠し』が頻繁に起こるようになった。
『神隠し』とは、子どもなどが急に姿を消す現象をさす。
『神隠し』には『遭いやすい気質』があるらしく、子どもの場合は神経質な者や知的障害がある者、女性の場合は産後の肥立ちが悪いなど精神的に不安定な時期に遭いやすく、男性の場合は少し愚鈍な者だという。
この土地でいなくなるのは、幼児から小学生の男児のみ。
見つからない者もいれば、見つかる者もいる。
見つからない理由も、見つかる理由もわからない。
見つかった者の話を聞いても、完全に覚えていないか何回訊いても要領を得なくて気がふれたとしか思えないことを口にするという二種類しかなく、忽然と消え失せたきっかけや何が引き金となって戻ってこれたのかという大事なことは何一つとしてわからないまま今日に至る。
近現代になるにつれ、子どもが姿を消すのは『家出』、『誘拐』、『事件・事故』に巻き込まれたからではないか……も選択肢に入るようになったが、それはこの土地以外での出来事だと土地の者たちは思っている。
昔から、子どもをさらうのは、民間信仰(古神道)としての山の神、山姥
、鬼、山や原野に関わる妖怪の類――特に、子どもを亡くした雨女という妖怪――だったり、子どもが好きだという天狗の仕業だと言われており、天狗の場合、罰することができるのは『稲荷神』だけらしく、実際に稲荷神に願って子どもが帰ってきたという伝承がこの土地にもあることから、この土地の者は、苺花の生家である『稲荷神社』とそこの『巫女』を頼り、憎んでいる。
我が子を見つけてくれた家の者は巫女に感謝するが、見つけてもらえないまま今に至る家の者は、巫女を軸にあらゆるものを憎み、許せずにいる。深い哀しみと憎悪が溢れ出して衝動的に巫女に危害を加えるか殺害しても不思議ではないくらいの感情を抱えているのは誰から見てもわかる人が一定数いるのに、誰一人として神社や苺花たち家族への嫌がらせはしない。
・2023年5月21日 初版発行
小説/文庫サイズ/204ページ/1,000円(イベント価格)/1,300円(通販価格)
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