【まえがき】
元々このお話は、400字詰め原稿用紙で30枚の短編でした。
ありがたいことに好評でして、2011年から不定期に開催されている『リーディングシアター(朗読劇)』の脚本執筆依頼にも繋がりました。
ありがたいことです。
本当に。
短編小説をリーディングシアター用の脚本に書き換え、新人声優さんから大御所声優さんまでいろんな方に演じてもらい、未だに再演の声を頂戴しております。
再演実現を夢見つつ、1巻の内容を新たに【第27回 文学フリマ東京】用に書き直し、文庫サイズで100ページの作品となりました。
「続きを読みたい!」とのお声を頂戴し、2巻も頒布。
2巻はあと数冊で完売となりますが、先に完売した1巻の再販を望む声が多かったことから、1巻と2巻をまとめてしまいました。
【立ち読み 1巻】
序章
「Ⅰ……Ⅱ……Ⅲ……Ⅳ」
月明かりがかすかに差し込む窓際のテーブルで、中世ヨーロッパの『魔女』を連想させるような全身黒づくめでばっちりと化粧を施した妙齢の女が、奇妙な絵柄が人目をひくカードを、一枚一枚順番通り丁寧に並べている。
草木も眠る丑三つ時。
室内外で物音ひとつしないこの場所は、内装が内装だけに、どこかしらひんやりとした独特の空気を醸し出している。
ここは、彼女が主人を勤める小さな店。
提供しているモノは、『気休め』。
#002
あの三日月を武器にできたら、証拠を残さずにミナゴロシ可能よね……。
冴え冴えとした夜空に浮かぶ、鋭利な刃物のような上弦の月を見上げながら、美咲は栓無き事だと自覚しつつもそんなことを渇望していた。
(略)
「どうしたん?」
やっぱ怖気ついたか?とKARIが言外に匂わせているのを敏感に感じ取った美咲は、自己紹介はナシで、気になっていることを先に明確にしてしまおうと決めた。
「えっと……無料……ってわけじゃないんでしょ?」
「も~ちろんや。世の中、タダほど高くて怖いモンないで」
「――ぶっちゃけ、いくらかかるの?」
何事にも『対価』が必要、という現実に、美咲は一体いくらふっかけられるのだろうかと多少心配になってきた。
高校生だから貯金なんてあまりない。
だけど、お金なんて、その気なればどうにでもなるハズ。
幸い、通っている高校はアルバイト禁止ではないので、何年かかってもきっちり払おうと腹を括った。
さあ、いくらでもいいから提示してみてよ!と、美咲は言葉にせず全身で訴える。
その意気込みが伝わったのか、KARIは頼もしそうな笑みを浮かべた。
「うちが報酬として貰ってるんは、『カネ』やのうて『結末』やねん」
「――はっ?」
今、何を言われたのか理解できなかった美咲は、もう一度問い返した。
「今、なんて……?」
「この距離で聞こえへんかった?アンタ、耳、悪いん?」
「いや……そういうわけじゃなくて……」
「……まぁ、ええわ。人それぞれ、事情、あるし」
「いや……だから、そういうわけじゃな――」
「うちが報酬として貰ってるんは『カネ』やのうて『結末』やねん」
さっきより気持ち声を大きくし、発音も明瞭さを意識したKARIの言葉は、一言一句同じだった。
「あ……うん、ありがとう……」
やはり、聞き間違えではなかったのか――。
「でも、なんで?」
報酬が『金』ではなく『結末』だという意味がわからず、美咲は首を傾げながら尋ねた。
「うち、別に金に困ってへんし、興味もないねや」
「……?」
「うちな、自分が関わった件が『成功』にしろ『失敗』にしろ、どないなったか知りたいねん」
「……」
聞き捨てならない内容に、美咲は胡散臭そうなまなざしをKARIへと向けた。
「……ちょっと、『失敗』ってなんなのよ?『あなたの願い、叶えます』なんじゃないの?」
「あんた、見かけによらずいらちやなぁ~。そうコワイ顔しなさんなって。話は最後まで聞くモンやで」
「……」
「例えば、『ピサの斜塔』。知っとるやろ?」
「……知ってるわ」
「アレ、斜めになったから『失敗』やと思う人もおれば、斜めになったからこそ『成功』やと思う人もおる。どっちが正しいかなんて、断言できんやろ?それが価値観っちゅーモンちゃうか?」
「……確かに、一理あるわね」
「せやから、迎えた結末を『成功』と思うか『失敗』と思うかは、依頼主によって全然ちゃうねん。それでも必ず物事には一区切りつく時っちゅーのがあるさかい、それを『報酬』として教えてくれ、っちゅーとんねん」
「――そんなコトでいいんだ……」
法外な金額がかかることも覚悟した直後なだけあって、美咲は心底ほっとしていた。
そんなコトでいいなら……、と完全に美咲の気は緩み、KARIに対する警戒心も消滅していた。
「商談成立やな。おおきにっ!」
KARIは満面の笑みを浮かべながら美咲の手を掴んで、ぶんぶん振った。
「え?あ……ちょっと!」
あからさますぎる『魔女』の外見からは想像もつかないその子供っぽい笑顔と態度に、美咲はどう反応したらいいのか戸惑いを隠せずに苦笑いで応じた。
ひとしきり喜びを示した後、KARIはそのおちゃらけた雰囲気の余韻を残すことなく空気を切り替え、研ぎ澄まされた刃のような雰囲気を身に纏って美咲に尋ねた。
「で、どんな『願い』を『叶えたい』ん?」
【立ち読み 2巻】
清明神社の広大な境内の一角に、立派な二階建ての建物がある。
【安倍晴明 図書館】。
そこには、貴重な文献や資料から二次創作まで幅広く『安倍晴明』に関する書物が集められている。
入館料は千円で、チケットを見せれば開館から閉館まで途中退室、再入室可。
館内は飲食禁止だけれど、隣の建物はカフェなので小腹も満たせる。
今も根強い『晴明ファン』には至れり尽くせりの一角だ。
今は昔……なくらい、その空前の大ブームが何年前だったかすぐには思い出せないくらいの年月が経っているというのに、『平安時代の稀代の大陰陽師・安倍晴明』は一定の人気を保っており、全国からの参拝者は細く長く絶えずに今に至る。
太く短い『大ブーム』でガツンと稼いで終わるのではなく、その先も細く長く『人気の神社』として存続させるため、安倍晴明の直系であり代々神社を守っている一族のなりふり構わぬ努力も功を奏しているんやな……と、初めて訪れた図書館の入口にて花梨はその商魂のたくましさに感心していた。
花梨は入館料を払って図書館へ入った。
館内案内図を見ると、文献や資料のコーナーは小さく、同じ1階には安倍晴明をモデルにした商業出版ものが集められており、2階は二次創作のみという分け方だった。
花梨は迷うことなく、文献コーナーへと向かった。
この修学旅行では、【安倍晴明 図書館】にて日本の魔術のひとつである『呪術』を調べ、西洋の『魔術』と何が違い、どこが似ているかを比較する論文を提出することにしている。
――いうまでもなく、そんなのは建前で、本来の目的は、安倍晴明の末裔が『安倍晴明』を名乗るだけではなく、呪術も使えるという都市伝説が本当かどうかを確かめること、だ。
(略)
1階の文献コーナーには、誰もいなかった。
独りが好きな花梨なので、この状況には心底ほっとした。
貴重であろう数々の文献は、斜め読みでも惹きこまれる。
思わず集中して立ち読みをしていたことにさえ気づかなかった花梨だが、不意に背中を力強く叩かれて我に返った。
「――っ!」
突然の出来事に、声も出なかった。
何事かと振り返ったら、見るからにチャラチャラした服装の男が居た。
高校生か大学生かと思われるが……チャラい服装とは裏腹に、目つきにだけは油断ならぬ鋭さと驕りが見え隠れしていた。
「……」
花梨も素の自分で対峙した。
「見かけない服装。修学旅行?」
チャラい服装に見合ったチャラい喋り方……なのに、目つきがそれらを見事に裏切っていることに気付いた花梨は、直感で、ひょっとしてこの男が末裔の『安倍晴明』なのではないかと思ってしまい、警戒する。
「――せや」
言葉少なく肯定した花梨に、チャラ男は驚いた。
「え?」
なんや?とは訊き返さず、花梨は胡散臭そうな目でチャラ男を見る。
「イントネーション……関西の人?」
「関西人が京都へ修学旅行来たらおかしいんか?」
「おかしいねぇ~。関西人が通う関西の学校なら、修学旅行先が関西にはならないから」
笑われて、花梨はぶすっとした。
言われてみたら、その通りだった。
「……」
「まっくろくろすけを連れてたくらいだもんな。関西人だけど京都には疎い地域からの修学旅行生だな」
「……まっくろくろすけ?」
それ自体は知っているけれど、何故、アニメに登場する煤の妖怪を連れているなどと言われる?
ますます警戒心をあらわにする花梨さえもおもしろがっているような様子でチャラ男は答える。
「ここに来る前、金比羅さんに行ってきただろう?」
「……」
正解、だった。
「金比羅さん特有の、女たちのよろしくない念の塊が、大小様々な大きさの『まっくろくろすけ』状態で背中にくっついていたからさ」
「……」
「地元の女なら、金比羅さんの正しい参拝の仕方を知ってるから、
何かを連れて出て来るなんてことはまずない。そんな命取りにもなりかねないヘマはしない」
「……」
「大抵の観光客は表面の綺麗ごとだけを鵜呑みにしてるから、ヤバイのを平気で連れ出してしまう」
「……」
「観光客が連れてきてしまう『念』のカタチは人それぞれで、たまたま、あんたの場合は、見た目が『まっくろくろすけ』なだけだったんだけど、不思議なことに――」
「……」
花梨は顔色一つ変えない。
「……金比羅さんから連れ出した『念』が、あんたに懐いてる感じ、だったんだよな」
「……」
「例えるなら、同病相憐れむ、みたいな」
「……」
「そして、あんだけ重たいモノを背負ってたのにどこにも影響を受けていない」
「……」
「それと、入館して配置図を確認したらまっすぐこの文献コーナーにやってきた」
「――よう見てんなぁ。別にうち、アヤシイ者ちゃうで」
「充分、怪しいだろ。国文学専攻の大学生がこの文献コーナーに来るのは、わかる。実際、一年を通じていろんな大学から学生が来てるからな。でも、あんたは違うだろ」
「……」
「あんた、何者?」
「……」
それでも花梨は顔色一つ変えず、目も反らさずその場に佇んでいる。
花梨は一息ついてから、手にしていた書物を本棚に返した。
意地の悪い笑みを隠すことなく、チャラ男に答える。
「うちは、そこらに居る普通の女子高生や」
・2018年11月25日 初版発行
・2020年12月22日 第二刷発行
小説/文庫サイズ/216ページ/1,200円(イベント価格)/1,500円(通販)
(時々1位!ありがとうございます)
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