【立ち読み】
鸛巣寺(こうそうじ)。
コウノトリの巣と書いて、鸛巣寺(こうそうじ)。
漢字から想像できるように、子宝・子授け・子育てにご利益があるお寺として歴史ある寺だったのが、いつの間にか、水子供養でも名が知れるようになり、そこから派生して『人形供養』でも有名になり、子に関することなら鸛巣寺(こうそうじ)!と全国区で認知されるようになった。
良くも悪くも『子』に関することには特化している寺の名に恥じることなく、鸛巣寺(こうそうじ)では、いわゆる『捨て子』のケアや妊娠中絶や育児が困難である社会的に孤立した女性の相談を承っているし、『認定こども園』と『学童保育』も運営している。
両方とも、通っている8割の家庭が母子家庭、父子家庭、両親共働きでも低所得、生活保護、ネグレスト、毒親……と、何かしらの事情を抱えており、堂々と子育てを『認定こども園』や『学童保育』に丸投げしている状態だ。
寺も園も学童も決してそれを良しとしているわけではないが、頼ってくる親子には分け隔てなく手を差し伸べている。
※
「みんなーっ! 結華(ゆか)先生の『不思議なお話』、はっじまるよぉーっ!」
鸛巣寺(こうそうじ)の住職の娘の宮良結華(みやら ゆか)は二十三歳の新米だけれど、保育士と幼稚園教諭の両方の資格を取得しており、目下、『学童保育』で働く『放課後児童支援員』になるための資格を取得しようと認定資格講習を受けている。放課後児童支援員ではなく『補助員』ならば資格は必要ないが、養い子が現在小学校3年生なので、彼女の成長を見守るのと同時に責任を持って育てたい思いから『放課後児童支援員』になりたいのだ。
今は『学童保育』の『補助員』の立場で小学校中学年(3年生と4年生)の世話をしている。
おやつの時間が終わり、おやつの片付けから教室の掃除などの当番仕事が始まろうとした時に結華に声をかけられた児童たちは、控えめだけれどわくわくした感じで集まって来た。
この異年齢のクラスも、家庭環境が原因で一癖も二癖もある子になってしまった児童たちが多い。最初の頃は、申し合わせたわけでもないのに全員が斜に構えて結華を警戒していて驚いたけれど、結華が楽しそうにしていると徐々に児童たちもつられてにこにこしだすようになり、少しずつなついてくれるようにもなってきた。全員が全員、結華に心を開いたわけではないが、警戒心が薄れてきているのが感じ取れるだけで結華は嬉しかった。それぞれが小さな幸せや楽しさをたくさん経験して心豊かに成長してほしいと願ってやまない。
結華先生の不思議な話。
意外と嫌がられてはいないようだけれども、結華は慢心せずに取り組んでいる。
特に今日は、いつも以上に気合は入っているし、緊張もしていた。
結華は呼吸を整えてから、今一番心配している小学校3年生の女児に声をかけた。
「理緒ちゃん!今日は何月何日?」
「……2月2日」
抑揚のない声で、理緒は答えた。
理緒は話しかければ答えるし、受け答えもしっかりしているけれど日増しに目はうつろ度合いが増し、ふと気づけばひとりでぼーっと宙を見ている時の目の焦点が合っていないように見えることも増えてきた。
どことなく元気がない様子の理緒とは対照的に、最近、理緒が肌身離さずにぎゅっと抱きしめている、60センチの煌びやかな服を着たフランス人形を彷彿させる球体関節人形は肌艶が良く、生き生きしているように見えることも結華は危惧している。
素人がぱっと見でも値が張りそうな球体関節人形なので、小学校3年生が気軽に手軽に普段持ち歩いていいモノなのかと心配になった結華は、理緒に訊いてみたことがある。
「いつから、そのお人形さんは理緒ちゃんのお人形さんになったの?」と。
理緒は首を傾げた。「わからない」と。
結華は質問を変えた。「誰からそのお人形さんをプレゼントされたの?」
理緒は不思議そうに答えた。「プレゼントじゃないよ。――拾ったの」
「どこで?」
「マンションのゴミ捨て場」
「おまわりさんに届けなくてよかったの?」
「わかんない」
「ママは何も言わなかった?」
「言わないよ」
「……」
結華が言葉を探していると、理緒は寂しそうな表情と消え入りそうな声でつぶやいた。
「ママは何も言わないよ。理緒がこの子と遊んでるとママはおじさんと遊べるから理緒のことぶたないんだ――」
結華はその日以来、理緒と球体関節人形から目が離せなくなった。
・2021年10月31日 初版発行
小説/文庫サイズ/138ページ/1,000円(イベント価格)/1,300円(通販価格)
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