ココロのつぶやき@はてなブログ

南の島からの帰国子女で作家。2005年『講談社X文庫新人賞』受賞。現在、『文学フリマ東京』を軸に作品を発表中。

<立ち読み>愛奈 穂佳 短編集ー恋ー

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【目次】

 

・#001  うらはら

・#002  微笑

・#003  リアル

・#004  微笑2

 

【立ち読み】

 

【うらはら】

 

―――ヴァサバサバサバサッッッ!


いくら背後が山で隣が動物公園という、東京都とは思えないド田舎な大学の敷地内とは言え、こんなに大きくて威圧感のある鳥類のはばたきが近くで聞こえるなんてありえない!


せっかく、宵闇迫るカフェテリアのオープン・テラスで、憧れの宇賀神(うがじん)先輩とサークルの夏期合宿について打ち合わせをしつつ、そのまま……ちょっぴりオトナな夜に持って行こうとがんばっていたのに!


今日、この日を迎える為に、あたしがどれだけの手回し、根回し、その他諸々苦労したと思ってるのよっ!


それはもう、聞くも涙、語るも涙な恋する乙女の壮絶な駆け引き話なんだけど――今はそれどころじゃないので、割愛。


ここは、正真正銘の『東京都』なのに、大学周辺にビルや高層マンションはなく、日が暮れると純粋な闇に包まれる。


大学構内だって、必要最低限の灯りしか設置されていないから、物音がしてもすぐにその正体を見極めるのは至難の業。 

 

―――ヴァサバサバサバサッッッ!


さっきより更に近くで同じ音を耳にしたと思った瞬間―――!


「わぁおっっ!」


「ひぃぃぃ――っ!」


無邪気な子供のように好奇心たっぷりな驚きの声をあげた宇賀神
(うがじん)先輩と、声にならない悲鳴をあげて、椅子に腰かけながらも腰を抜かしたあたし。


あたしは腰を抜かしながらも音の出所へと視線を移し、絶句。


「.…………」


絶句しながら、思わず二度見してしまった。


宇賀神(うがじん)先輩の存在が、宇賀神先輩への恋心が、あたしの何気ない(考えなし、とも言う)言動のストッパーになってるから、とりあえず、あたしにとって今のこの状況はこう着状態になったけれど。


許されるのなら、叫びたい!


全身全霊で、叫びたい!


全力を振り絞って、悲鳴もあげたい!


嘘だ嘘だ嘘だ!


こんなコトが現実に―――

―――ヴァサバサバサバサッッッ!

 

……起こってる。 

 

「……」 

 

涙が出そうになるのを必死にこらえてるあたしの正面では、宇賀神(うがじん) 先輩が身を乗り出 してあたしの横を嬉しそうに見ている。 

 

宇賀神(うがじん)先輩は、あたしが所属しているサークルの会長。 

 

あたしより1回生上の、3回生。 

 

身長は180センチ。

 

目鼻立ちがしっかりした顔立ちで、一見クールに見えるんだけ れど、ちゃんと相手と向き合って話をするからか、意外に百面相。

 

ついでに、笑顔がとっ ても魅力的!

バランスが取れたスタイルだからか、何を着ても着こなしてるし、センスも抜群。


誰がどこから見ても、宇賀神(うがじん)先輩はイケメンの部類に入ると思う。


当然の帰結で、宇賀神先輩はモテる。


在籍している大学内だけではなく、サークル同士のつきあいがある他大の女子からもモテまくってる。


だけど何故か、少なくても今現在、『彼女』はいない。


かといって、モテる自分に酔ってるナルシストではないし、自分をめぐって火花を散らす女子大生たちを眺めて楽しんでいる悪趣味な人でもない。


あ、今流行の……というか、いつの間にやら市民権を得た、通称『BL』の人でもない。


宇賀神(うがじん)先輩はイケメンだけどチャラくない、それなりに大学生活を満喫している平均的な大学生だと思う。


ただ。

趣味や興味のある事柄には熱中しすぎるタイプなので……本領発揮した先輩についていける女子がいないんだと思う。


宇賀神(うがじん)先輩の偽りない真の姿を目の当たりにして志半ばで去って行った、彼の彼女になりたかった先輩や同級生や他大の女子大生たちを、あたしは何人も見てきた。


彼女たちの気持ちも、よくわかる。

 

たぶんこういう気持ちが積み重なっちゃってもう無理!って思ったんだろうなぁ~って感じること、多々だから。


それでも、あたしは宇賀神先輩が好き。


好きだから、どんな試練にも耐えてみせるし、障害だって蹴散らしてやる!


……と、常日頃から自分を鼓舞し、自分立ち上げをしていないと、すぐにココロがあっさりと折れてしまうであろう状況なのよね……。


現実は時に無情で、時に過酷だわ。


宇賀神(うがじん)先輩!

嗚呼……宇賀神(うがじん)先輩!


せつないです!


とてつもなく、せつないです!


愛しさとせつなさと、言葉にできない、したくない複雑な気持ちから……叫びだしそうです!


特に今は、このままだと発狂しそうです!


宇賀神(うがじん)先輩、助けてください……。


お願いです……。


気づいてください……。


この状況が……『普通』ではないことに……。


嗚呼……宇賀神(うがじん)先輩……貴方は何故―― そこまで思って、あたしは宇賀神先輩から少しだけ視線を逸らし、小さくかぶりを振った。


何故、と問うだけ愚問というもの。

それもひっくるめて、あたしは宇賀神(うがじん)先輩が好きなんだから……。


だから……そのまま……あと数ミリでキスできそうな至近距離だっていうのに……あたしを通り越し、まるで黒曜石のような輝きを放つ黒い瞳で覗き込むようにして見つめている宇賀神(うがじん)先輩の視線の先は―― 

 

「すっげぇ~!本物のインドクジャクじゃん!俺、間近で見たの、初めてぇ~っっっ!ひゃっほう~っ!」


「……」


敢えて、イマドキでは珍しいであろう黒髪のストレートをトレード・マークにし、手の込んだナチュラルメイクで年相応プラス・アルファの魅力を演出している、後輩女子大生ではなく、突如出現した【インドクジャク】に視線が釘付けになり、ココロを奪われるなんて……。


日々、さりげなく自然な雰囲気でお近づきになろうとあれこれ努力している自負があるから、こうもあっさり愛しい人の気持ちを鷲掴みにされてしまうと、泣くに泣けない。

しかも、相手が年上だろうと年下であろうと、『絶世の美女』ならまだ諦めもつくけれど、【インドクジャク】て!


どのパーツで張り合えばいいんですか!?


実は宇賀神(うがじん)先輩、深層心理では、きらびやかな満艦飾メイクが好みなんだろうか……。


嗚呼……せつない。


 

【微笑】

 

「今度はなんなんだ……?」


本当に心底疲れきったような表情と声音と微苦笑を浮かべながら、美術部部長の新井は1学年後輩の新入部員、麻葵(まき)のウエストをじぃーっと見ている。


美術室の窓を背につま先立ちをしている麻葵は普通に制服姿だったが、そのウエスト部分には何故か紐がまかれていたのだ。


誰がどこからみても奇妙なその姿を、感性豊かな美術部の部長は看過できなかったようで……部長に興味を抱かせることに成功した麻葵(まき)は、人知れず内心ガッツポーズをした。


「あ、コレですか?某ダイエット雑誌に書いてあったんですよ~。ウエスト引き締め&維持に効くって。ついでに、前にも説明しましたけど、つま先立ちしてるとふくらはぎが細くなるらしいんですけど......多少は効果あったように見えます?更についでに、太股も、も少し引き締めた方が、見た感じ、全体のバランス良くなります?」


ここぞとばかりにつま先立ちの姿勢正して軽くポーズを意識し、満面の笑みを浮かべる麻葵(まき)に、新井は深く溜息をついた。


「あのな、工藤」


「麻葵(まき)、でいいですよ、部長」


「……工藤、オレに毎日毎日同じことを言わせるのも、その何かのエクササイズの一環なのか?」


「う~ん……それは微妙に違いますね~。部活中に毎日毎日何か同じことを言われるなら、『もうちょっとこっち向いて』とか『あ、その角度いい!』とか、ポーズについてこまかく指示される内容がいいです~♪」


新井は深く嘆息した。


「だから」


「はい♪」


今日も今日とて昨日までと変わらない平行線な会話にしかならないだろうと思いつつ、それでも隙あらば少しでいいから現状打破できるように…….と麻葵(まき)は笑顔の下で気を引き締める。

「何度も言ってるけど、俺は人物は描かないんだって」


「今日はそうかもしれませんが、明日はわかりませんよね?部長に描いてほしい為に体型整えようとがんばってる私を見てたら、きっと気が変わりますよっ♪部長は『食わず嫌い』なだけだと思います♪」


だから私を描いて~♪と、麻葵(まき)は言葉ではなく笑顔でアピールする。


いつもならココで部長はなんとも言えない表情を浮かべながら同じ事を麻葵に言う。


『人のことより、まず今は自分のことをなんとかしろって。退部するやつが続いたお陰で、部を存続させるのに必要な部員数を確保できなくて、廃部寸前のところ助けてくれたのはお前だけど......』


『でしょう?♪』


『入部してくれて助かったけれど、活動証明のために、毎年恒例の展覧会には必要な人数分の作品を出展させなきゃアウトなんだからさ』


『知ってますよ』


『ほんと、頼むよ。何でもいいから描いてくれって』

……いつもの部長なら軽い小言と懇願を口にして自分の作業に戻るのだが……今日は一呼吸置いてからこんなことを麻葵(まき)
に言った。


「食わず嫌い……確かにそうなのかもしれないけど、だったら、お前もだろ?」


「え?」


「絵画鑑賞が好きなら、絶対描けるのに」


「……」


「どんな絵でもいいんだけどさ、絵を見た時、その絵から何かを感じられるから、工藤は絵画鑑賞が好きなんだって言ってたよな?」


「……あ、はい……」


「何かから何かを感じられる感性があるなら、その感じたことを目に見えるカタチにすること、必ずできるハズだと俺は思ってる」


「……」


「それは『小説』でも『音楽』でも『絵』でもなんにでも当てはまると思ってるし、その中で工藤は『絵』を選んだわけじゃん?だから、本当は描けるんだと思うよ」

 

 

【リアル】

 

「――俺、まだ、間に合う……かな?」


「……え?」


「取り戻せるかな――?…t年色々」


「……」


何か気のきいたコトバを......と私は考えたけれど、私の頭には何も思い浮かばなかった。

 

でも、伝えたい。

 

伝えたいんだ、という想いはあったので、私はそれをそのまま口
にしてみた。


「あんたが取り戻したい、って思うなら、絶対、全部、取り戻せると思う。時間はかかるかもしれないけれど、諦めなければ、大丈夫だと思う。今までだってそうだったじゃん?」


「……」

 

「……」

今まで、どんなに苦しい戦いだって、最後の最後まで瞭冴(りょうが)は諦めないで全力でプレーしてきた。

 

私も何度かそれを見ている。

 

そうやって、瞭冴は勝ち続けてきた。

 

負けた時も完全燃焼していて『次』に活かしてきた。


だから大丈夫だと私は信じている。


「……そう……だよな」


「うん」


少しだけの笑顔。


さっきとは違う、ちょっとあったかい沈黙が訪れた。


そう。

 

瞭冴なら大丈夫。


沈黙が自然に去った時、大きく伸びをしながら瞭冴が言った。

「よし。オーケー!英語は今日の分のノルマ達成!次、国語!」


「今日は『文学史』だったよね?」


「そうだ。……ああ……めんどくせー」


「論説文より全然楽だって!」


「何が楽なんだよ」


「トランプの神経衰弱の要領で、作品名と作者名を覚えればいいだけなんだから!」


「それがめんどくせーんだって!」


言いながらも瞭冴はテキストを開き、開いたと思ったら、すっとんきょうな声をあげた。


「はぁ~?『破戒』?何これ?誤字じゃねーの?『戒』の字違くね?『はかい』って物壊すことだろ?『戒』って、字、違うんじゃねー?」


「あ~の~ねぇ~!」


「つーか、破壊ってなんのカミングアウトだよ?どんな話だよ?歴史に残るような破壊って、何壊したんだよ?」

「……」


「タイトル、パス。わかんねー。作者から考える。『しまざきふじむら』?」


「瞭冴(りょうが)……」


「なんだこれ?『しまざきふじむら』って...お笑い?コンビで小説書いてんのか?」


「はあ……」


「え?なに?これはなんて読むんだ?にはていよんめい?あ、ふたば?……ふたばてい?どっかのラーメン屋か?」


「あのねぇ……」


「何?ラーメンの話とか歴史に残っちゃってんの?やっばいじゃん!そんな話、授業でやったっけ?俺、記憶にねぇ~」


「……」


私は気が遠くなりそうだった……。


千里の道も一歩から。


継続は力なり。

中一・中二の積み重ねがないんだからこんなモンよね。

 

果たして私はどこまでコイツを鍛えることができるんだろう……。


あぁ……現実ってオソロシイ。


でもコレが正真正銘の現実(リアル)なんだよね……。


とは言ってもコイツもバカなりに前向こうとしてくれてるし……さて……どうしようかな……。

 

 

【微笑 2】

 

「終わった……何もかも……」


まるで昔の漫画、明日のジョーのセリフのように力の抜けた表情と声音で、美術部部長の新井はボソっとつぶやいた。

 

一学年後輩で、この春美術部に入部した女子部員の麻葵(まき)は、いつもとは全く違って覇気のない様子の新井を、やはりいつもとは違って少し離れた距離を持ってじぃーっと見ている。


麻葵(まき)がいつも定位置にしている美術室の窓際に椅子を置き、力なく座っている新井に「近づいて声をかけたい」そう思ってはいる麻葵だったが……何故そんな微妙な距離感で新井を見ていたかというと。


彼の細くて繊細そうなその右腕には……いかにも頑強そうなギブスがされていたのだ。


誰がどこから見ても痛々しい部長の姿に、密かな恋心を抱いている麻葵はかける言葉を見つけられずにいた。


「展覧会ではせっかく工藤が頑張ってくれたのにな.……オレがこんなんじゃ、廃部も覚悟しなきゃ、だな……」


描く事に興味はあったけど、全然絵なんか描いた事のない麻葵(まき)に、新井は色々と教えてくれた。

最初はみんなが描いてるのを見ていて、新井の傍に居られて、そうして居られれば美術部の雑用係でもいいかな……と思っていた麻葵(まき)が、展覧会で入選できるくらいまで本当に一生懸命教えてくれた新井。

 

教えてくれている時は本当に熱意たっぷりで「この人は心から絵が好きなんだなぁ」と、麻葵(まき)は何度も絵に焼きもちを妬きそうになったくらい、新井にはとてもキラキラとしたオーラがあった。


「工藤があれだけ頑張ってくれたのに……」


窓の外をぼんやりと眺めている新井は、麻葵(まき)の方は全然見ずに、やはりぼんやりとそう口にした。


「何言ってるんですか。部長が色々教えてくれたからですよ~!入選できたのだって、部長の指導が良かったからで、教えてくれた部長には悪いですけれど、選んでもらえたのはビギナーズラックみたいなもんです♪」


なんとか新井の空気を変えようと、いつものように軽く答える麻葵(まき)だったが、新井は更に深刻そうな表情で麻葵に返した。


「展覧会にビギナーズラックなんかないよ。勝ち負けとか勝負の世界じゃないんだから。工藤には、やっぱり描きたい気持ちと、それをカタチにする力があったって事なんだ。オレはその後押しをしただけ。才能があったんだよ。せっかくその才能が開花したかもしれないっていうのに...」


「才能ですか!私に才能があったんですか?美貌だけじゃなく?」


「そうだよ。描きたい気持ちと、それをカタチにする力、それを向上させようと努力する力、それらを持ってる、っていう事は、才能がある、って事なんだ」


「美貌は?」


「でも、廃部なんかになったら、そのせっかくの才能を伸ばす為の、描ける環境がなくなってしまうっていう事だから……参った。オレはどうすればいいんだ……」


もう一回「美貌は?」と聞こうと思ったが、麻葵(まき)は新井の思い詰めた表情に思い留まった。

 

廃部になるという事は、麻葵(まき)にとっても大問題だった。

 

廃部なんかになってしまったら、新井と同じ場所、同じ時間を共有できなくなってしまう。

 

・2020年11月22日 初版発行

小説/文庫サイズ/66ページ/1,000円(イベント価格)/1,300円(通販価格)

 

 

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